SSブログ

イカ天・・・中国料理の日3 [洛外食]

DSC00535.JPG

DSC00539.JPG
↑民生 萱島「イカ天ぷら」さすがにサイズは小にしてあります。

この記事は、「中華料理の日」と同じ日の夜に食べたものです。
病院関係でランチタイムが遅れ、あれだけのモノを食べたので、お腹は全く減っていなかった。
でも京男Jr.2に味あわせるために、萱島の民生に連れて行ったのです。
彼の会社の本部が横浜の中華街近くにあるらしい。だからこのクラスのモノが食べられるのかも知れない。
でも横浜の中華街をテレビなんかで見る限り、なさそうなんです。
神戸の南京街だって、最近だめだと思う。
本日の民生は、神戸の南京街にあるお店。
大阪の梅田のヒルトンプラザ ウエストにも民生はあります。
でもお店の前に椅子がズラッと並んでいるのを見るとゾッとするのですよ。
味は同じなのかもしれませんが・・・私のイメージではない。
神戸南京街のお店もいまの建物の前は好きだけど、いまは好きでないかも。
しかも観光客がいっぱいだしね。

DSC00542.JPG
↑青菜炒め、これも素晴らしい一品だと思います。

1981年神戸ポートアイランド博覧会が開催された。南京街の南楼門ができたのが1982年。それぐらいの時、民生も建て替えられたと思います。
お店の存在は、当時いっしょに仕事をしていた建築家から聞いていました。昔のバラック時代によく行きました。当時、お店に入ると広東語かな?の元気な声が飛び交っていた。客も中国人が多かったと思う。その頃、憶えたのが「イカ天ぷら」。

DSC00556.JPG
↑豚アバラ甘酢

当時は、花時計の向かいぐらいの地下にあったインド料理の「ゲイロード」によく行っていた。そうそうあの通りに「キングス アームス」がありました。ローストビーフが名物のお店。この2軒は、震災で無くなった。「ゲイロード」は、場所を変えていまでも営業しているけど、変貌が怖くて行けません。いまならインド料理なんて珍しくないですからね。私がロンドンの「ゲイロード」でインド料理に目覚めたのです。日本では、神戸しかなかった。

DSC00555.JPG

民生がバラックみたいな建物だったのを取り壊し、新しいお店に変わるという最後の日に偶然であったのです。
その日、いま書いていた。ゲイロードでいっぱいインド料理を食べた帰りにです。
なんかお店に入らないといけないと、思ったのです。お腹なんて減っていません。
でもお店に入り「イカ天ぷら」を注文した。
食べながら店内を見回しておりました。なんか涙が出て来た。この風景が無くなる・・・。
予想通り、次ぎに行くと、南京街に門が出来て、とても綺麗になっていた。
しかも神戸ポートアイランド博覧会で観光客がドッと押しかけた。
店内に入るととても綺麗になっていた。でも・・・あの怪しげな雰囲気が無くなった。神戸の魅力は港町の胡散臭さみたいなものだと思う。
船員が買う中古の服や電気製品が所狭しと並んでいたガード下。
その周辺の飲み屋街の怪しさ。
あれが味わいだった。
それがおばさまのグループがウロウロして・・・。

DSC00554.JPG
↑カレーライス、なんで?と思うでしょ。中国風のカレーライスというのは、いいんですよ。家でも簡単に時間をかけずに作れると思います。さっぱりして美味しい。

好きだった「ギリシャ・ビレッジ」だって地上げでなくなった。
ムサカやアラモサラダが美味しかったのに。
京都でいうと「第一楼」、今の大丸の駐車場のところにね。
いかんいかん、昔の話をしてもしかたない。

DSC00564.JPG
↑ゴマ団子、これは黒胡麻餡。昨日のモノより確実に上です。

DSC00568.JPG

この萱島にある民生は、当時の民生と同じような匂いがするのです。
ここは、京阪の特急に乗ると見えていた。でも実際に行ったのは4、5年かかったかも。
この日も四条から京阪に乗って夕方行ったのです。
京男Jr.2に「イカ天」を食べさすためにね。
もちろん、京男プロトタイプ糖尿1号は、買い物を済ませ、タクシーに乗せました。
京阪の萱島へ行くのは結構邪魔くさい。
特急で枚方まで行き、各駅停車で萱島まで行くのです。
萱島の駅に着く前に電車の窓からお店が開いているか確認するのですよ。
(電話で聞いてもいいのですが)行って店が閉まっていたら、ダメージがキツすぎます。

DSC00578.JPG
↑杏仁豆腐

お腹が減っていないかったけど、本日の写真ぐらいは食べました。
京男Jr.2も美味しいと食べていた。
しっかり味を覚えるように。
やっぱりデザートはカレーライスね。(笑)
昼に食べた、ごま団子と比べるとレベルが違うというのも京男Jr.2は理解したと思う。しかも写真を撮って、長女、次女、次女の婿にLINEで画像を送って悔しがらせたのは言うまでもない。

めでたしめでたし。
※どうも最近、京都の風景や生菓子がすくないですね。ちょっと弱い反省。

和菓子

和菓子

  • 作者: 中村 肇
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/26
  • メディア: 単行本


↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをします。詳しい説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

過去の記事をご覧になりたい方はこちらからどうぞ↓
※「京男雑記帳1」へは、この文字列をクリックすると移動します

Twitter→@kyo_otoko
タグ: 洛外
nice!(4)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

nice! 4

コメント 6

すー

おはようございます
京男さんの食の歴史ですね。ただし、歴史のほんの少しなのでしょうね。
by すー (2017-02-19 08:17) 

京男

>すーさん、おはようございます。
グルメなんて言葉も存在しない時代の話。いまは、本物が少なくなってきていますね。テレビなんかで出るお店はゴミ箱料理ばかりですから。
by 京男 (2017-02-19 08:22) 

pochikun

お父さん、おはよう~。
81年のポートピア博で色々変わったのね。
ゲイロード、私も何度か足を運んだわ~。
建て替えたり、移転したりすると何となく
色々変わってしまう感じで何故か足が遠のくの。
by pochikun (2017-02-19 08:34) 

京男

>pochikunさん、おはようございます。
81年のポートピア博でダメになり始め、震災でとどめだったかも。
世阿弥の「秘すれば花」という言葉がありますよね。本当は大したことでないけど、それをオープンに知らせると、魅力がなくなる。神戸だけではありません。大阪も京都も同じ間違いをしていると思います。
私が行っていた頃のゲイロードは、日本人の客はいなかったのです。フロアーを仕切っている日本人のおばちゃんがよかったです。南京街も震災前は、あんな露天で食べ物を売って観光客に食べさせていませんでした。震災直後、ガスもデンキもだめだった時、ああいう形態で皆さんに食べ物を供してしていた。それが当たりまえになって、ダメになりました。ちょうど元町の会社の仕事をして通っていたので、そのプロセスは見ていました。本当に残念です。あれをやると観光客がお店の中に入って食べなくなります。横浜の中華街もそれが原因で老舗は苦戦しているようです。
by 京男 (2017-02-19 09:36) 

常盤万作

「民生」は備忘録に書き留めました。
一度行ってみます。
東華菜館本店は4月8日以降に「狩人の道東放浪記」に投稿します。
by 常盤万作 (2017-02-19 20:32) 

京男

>常盤万作さん、おはようございます。
ここは、古き良き時代の中華料理です。
一度行くといいです。
「狩人の道東放浪記」なるほど、登録させていただきます。
by 京男 (2017-02-20 04:43) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。